英雄が被告に。クマ駆除ハンターを訴えた小国町の「苦渋の決断」

山形県小国町の山林を背景に、クマ駆除ハンター訴訟問題の深刻さを物語る曇り空。鳥獣被害対策の難しさを象徴する一枚。 社会
クマの出没が相次ぐ山形県小国町。ハンターと行政の協調が不可欠な一方、異例の訴訟にまで発展した。

この記事で、あなたに掴んでほしい核心

  • 「恩を仇で返すのか」――この訴訟は、そんな単純な話ではありません。これは、町の税金と、ひいてはハンター自身をも守るために避けられなかった、行政の「苦渋の決断」なのです。
  • なぜ町は、英雄を訴えなければならなかったのか?その答えは、被害者と加害者の間で「板挟み」になった町が、司法の場で責任の所在(特に『重過失』の有無)を明らかにするしか道がなかった、という点にあります。
  • これは単なる一つの事故ではありません。あなたの町でも起こりうる、ハンターの「善意」に頼り切った日本の鳥獣対策が、ついに限界を迎えた悲鳴なのです。
  • 誰かを「悪者」にして終わり、では未来はありません。この一件を社会全体への「SOS」と捉え、持続可能な仕組みを考えること。それが、今を生きる私たち全員の宿題です。

導入:「英雄」は、なぜ被告席に立たされたのか?

「クマを駆除してくれた英雄を、町が訴えるなんて…恩を仇で返すのか!」
「これじゃ、誰も命がけでクマ退治なんてしなくなるぞ」──。

このニュースを聞いて、あなたはどう思いましたか?2025年12月、山形県小国町がクマ駆除にあたったハンターを提訴するという一報は、日本中に衝撃と怒りの渦を巻き起こしました。クマの出没が過去最悪を記録する中、命を懸けて地域を守るハンターは、まさに現代の「英雄」のはず。その英雄を、仕事を頼んだはずの町が訴える。この信じがたい構図に、多くの人が戸惑い、憤りを感じたのも無理はありません。

テレビユー山形の報道によれば、町の担当者には全国からお叱りのメールと電話が殺到しているといいます。町は今、まさに世論の十字架にかけられているのです。

しかし、一歩立ち止まって考えてみてください。この「小国町ハンター訴訟」は、本当に「冷酷な町 vs かわいそうなハンター」という単純な物語なのでしょうか?古くから「マタギの町」としてクマとの共存の知恵を受け継いできた小国町が、なぜこんなにも辛い決断を下さねばならなかったのか。その裏側には、感情論だけでは決して見えてこない、がんじがらめの法的ジレンマと、日本の鳥獣被害対策が抱える根深い「病巣」が隠されていました。ニュースの見出しに踊らされる前に、事件の本当の姿を、一緒に紐解いていきましょう。

一体、誰が「悪者」なのか?泥沼化した訴訟の相関図

この問題、登場人物と訴訟の流れが複雑に絡み合っていて、正直分かりにくいですよね。まずは頭を整理するために、一体、誰が誰を、なぜ訴えているのか、その全体像を地図のように見ていきましょう。

この物語のキープレイヤーは、4者です。

  • Aさん(被害者):クマ駆除の最中、仲間の弾に当たり、後遺症が残る大怪我を負ったハンター。
  • Bさん(加害者):Aさんを誤射してしまった、元同僚のハンター。
  • 小国町(業務委託者):町の「鳥獣被害対策実施隊」として、AさんBさんにクマ駆除を依頼した張本人。
  • Bさんの保険会社:Bさんが加入していたハンター保険の会社。

では、時計の針を巻き戻し、事件がどう動いていったのかを見ていきます。

ステップ1:悲劇の引き金は、一発の銃弾だった

2023年4月9日。それは、いつもと同じはずのクマ駆除活動でした。小国町の委託を受けた実施隊の活動中、Bさんが放った一発の弾が、あろうことか仲間であるAさんの右膝を貫きます。Aさんは、ハンターとして、そして一人の人間として、後遺症という重い十字架を背負うことになりました。

ステップ2:まさかの展開。被害者の矛先は「加害者」ではなく「町」

ここから事態は、誰もが予想しない方向に転がり始めます。事故後、Aさんが訴えたのは、弾を撃ったBさん個人ではありませんでした。訴状の宛名は、業務を委託した「小国町」。賠償請求額は、約3000万円。これは「国家賠償法」という法律に基づく、極めて正当な手続きです。公務員(今回は委託を受けた隊員)が起こした事故の責任は、まず国や自治体が負う、と定められているからです。

そして、この訴訟の中で、Aさんは決定的な言葉を口にします。「Bさんには、プロとしてあり得ない『重大な過失(重過失)』があった」と。この「重過失」という一言が、やがて町を絶体絶命のピンチに追い込むことになるのです。

ステップ3:板挟みの町役場。食い違う両者の「正義」

訴えられた町は、まずAさんの治療費などとして約1663万円を支払いました。そして、当然のことながら、事故の原因を作ったBさん側にこの費用の支払いを求めます。ところが、Bさんとその保険会社から返ってきたのは、衝撃的な答えでした。「いや、こちらに過失はなかった」。支払いは、きっぱりと拒否されたのです。

「重過失があった」と主張する被害者Aさん。
「過失すらなかった」と主張する加害者Bさん。
両者の言い分は、水と油。町は、出口のない迷路で完全に立ち往生してしまいました。

ステップ4:「苦渋の決断」――町はなぜ、英雄を訴えたのか?

膠着状態を打ち破るための、最後のカード。それが、今回のニュースの核心です。小国町は、自らが立て替えた補償金約1660万円を支払うよう、Bさんとその保険会社を相手取って訴訟を起こすことを決断しました。これを法律用語で「求償権の行使」と言います。

そう、この訴訟は町からBさんへの一方的な「攻撃」「責任転嫁」ではありません。Aさん、Bさん、町の三者が泥沼にはまり込んだ賠償問題を、法廷という公平な場で解きほぐすための、唯一残された「最後の手段」だったのです。

【核心解説】なぜ話し合いでダメだった?町がハンターを訴えた「3つの不都合な真実」

「それにしても、訴訟なんて大げさな」「話し合いで解決できなかったのか」。きっと、あなたはそう思いますよね。しかし、行政組織である小国町は、無視することのできない3つの「法的ジレンマ」によって、法廷というリングに上がらざるを得なかったのです。

真実1:訴えなければ、今度は「住民が町を訴える」可能性

考えてみてください。あなたが町の担当者だとしたらどうしますか?町の予算は、住民から預かった大切な税金です。Aさんからの賠償請求はまだ続いており、町の負担はさらに膨らむかもしれません。もし、事故の原因がBさんにある可能性が高いのに、町がそれを追及せず、すべて税金でまかなったとしたら…。「なぜ加害者に請求しないんだ!税金の無駄遣いだ!」と、今度は住民から突き上げを食らうのは目に見えています。最悪の場合、住民訴訟を起こされ、担当者が責任を問われることさえあり得るのです。

ハンターを訴えるという行為は、血も涙もないように見えるかもしれません。しかしそれは、町全体の財産を守り、全住民への説明責任を果たすための、行政として当然の、そして苦しい義務だったのです。

真実2:「重過失」――この一言に、数千万円の行方がかかっている

この問題の最大の法律的トリガー、それがAさんの主張する「重過失」です。

国家賠償法には、重要な例外ルールがあります。通常、公務員の事故の責任は自治体が負いますが、もしその公務員に「わざと(故意)」やった、あるいは「ちょっとした不注意とはレベルが違う、あり得ないミス(重大な過失)」があった場合は話が別。自治体は支払った賠償金を、その公務員本人に「あんたのせいだから、あんたが払え」と請求できる(求償権)のです。

つまり、裁判所がBさんの行為を「重過失だ」と認定すれば、町はBさん側に1660万円を請求できます。逆に「重過失ではない」となれば、町がその負担を飲み込む可能性が高まる。AさんとBさんの主張が真っ向から対立する今、町としては「いったい『重過失』はあったのか、なかったのか」を、司法という第三者にハッキリと決めてもらう必要があったのです。

真実3:もはや法廷しか、話せる場所がなかった

撃たれた男性は、誤射したハンターに重過失(故意に近い著しい過失)があったと主張しています。一方、誤射した側や保険会社は過失はなかったと主張している。仮に重過失が認められた場合、町には補償費用を支払う必要がなくなり…

誤射したハンターを町が提訴…クマ駆除巡り波紋 「責任を押し付け … – Yahoo!ニュース

このように、当事者間の主張は完全に平行線。被害者、加害者、そして板挟みの町。三者三様の言い分がぶつかり合い、もはや話し合いでの解決は不可能でした。こんな時、私たちに残された最も公平で透明性の高い解決策は、すべてを司法の判断に委ねることです。

町が訴訟を起こしたことで、先行するAさんから町への裁判と、今回の町からBさんへの裁判がリンクされ、一つの手続きの中で、全ての関係者の言い分をテーブルに乗せ、統一的なジャッジを下すことが可能になります。問題をこれ以上こじらせないための、最も合理的で、しかし最も辛い選択だったと言えるでしょう。

これは氷山の一角。この訴訟が暴き出す、日本の鳥獣対策「3つの時限爆弾」

今回の「小国町ハンター訴訟」を、単なる不幸な事故として片付けてはいけません。これは、日本の鳥獣被害対策が長年見て見ぬふりをしてきた、深刻な構造問題が膿のように噴出した「氷山の一角」。この一件は、私たちの社会に3つの「時限爆弾」の存在を突きつけているのです。

時限爆弾1:年報酬6000円。あまりに報われない「善意」という名の搾取

そもそも、命の危険と隣り合わせのクマ駆除が、どんな条件で担われているかご存知ですか? ENCOUNTの報道が伝える現実は、耳を疑うものです。小国町の鳥獣被害対策実施隊の報酬は、なんと年額でわずか3000~6000円。出動は義務ではなく、実態は地元の猟友会の「心意気」「ボランティア精神」に、完全にぶら下がっているのです。

これは小国町だけの話ではありません。全国の自治体で、ハンターたちの善意に甘えきった鳥獣対策が行われています。しかし、ひとたび事故が起きれば、数千万円の賠償責任がのしかかる。あまりにも低い報酬と、あまりにも高いリスク。この歪んだ天秤は、もうとっくの昔に限界を超えていたのです。

時限爆弾2:「俺たちの次はいない」――なり手不足が招く、対策の完全崩壊

このニュースに対し、全国のハンターからは「こんな訴訟リスクを背負わされるなら、もう協力できない」という悲鳴が上がっています。ハンターの高齢化と後継者不足は、もはや待ったなしの状況です。

地域のために銃を担いだ結果、事故を起こせば社会から石を投げられ、行政からは被告席に立たされるかもしれない。そんな現実を見せつけられて、誰が「よし、俺がやろう」と思うでしょうか。このままでは、クマが出ても誰も対処できない、日本の鳥獣被害対策そのものが音を立てて崩れ落ちる未来が、すぐそこまで迫っています。

時限爆弾3:「昔からの付き合いだから」では済まされない。自治体の甘すぎたリスク管理

財政が厳しい地方自治体にとって、今回のような訴訟は屋台骨を揺るがす巨大なリスクです。私たちは問わなければなりません。ハンターに業務を委託する際の契約は万全だったのか?事故が起きた時の責任の所在は明確だったのか?万が一に備えた保険制度は、本当に機能するものだったのか?

多くの自治体では、猟友会との長年の慣習や「なあなあ」の信頼関係の上に対策が成り立ってきました。しかし、そんな性善説はもはや通用しません。行政とハンター、双方が安心して活動できるための、より強固で現代的なセーフティネット(安全網)の再設計が、今まさに求められているのです。

まとめ:「感情」でハンターに寄り添い、「論理」で町の苦悩を理解する

命がけで地域を守ったハンターが、法廷に立たされる。この事実を前に、私たちが同情や義憤といった「感情」を抱くのは、人間として当然のことです。その感情は、危険な仕事を引き受けてくれる人々への敬意の表れであり、決して間違ってはいません。

しかし、この記事をここまで読んでくださったあなたには、もう一つの視点が備わっているはずです。それは、税金を預かり、住民全体の幸福のために、法というルールに基づいて動かざるを得ない行政の「論理」です。

今回の訴訟は、町がハンターを罰するためでも、裏切ったためでもありません。それは、複雑に絡み合った責任の糸を、法の下で公平に解きほぐすための、唯一残された道でした。そして、その根っこには、個人の善意という脆い土台の上に成り立ってきた、日本の鳥獣対策システムの構造的欠陥があるのです。

この問題を「かわいそうなハンター vs 冷たい町役場」という単純な善悪二元論で消費し、誰かを悪者にして溜飲を下げるのは簡単です。でも、それでは何も生まれません。私たちが本当に向き合うべきは、この訴訟が社会に突きつけた「SOS」の叫びです。どうすれば、ハンターが誇りと安心を持って活動でき、地域住民の安全も守られるのか。その持続可能な仕組みを、どう再構築していくのか。

この問いの答えは、山形県小国町だけが見つけるものではありません。クマの足音がすぐそこに聞こえる、日本のすべての地域に住む、私たち一人ひとりの課題なのです。

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