この記事のポイント
- ラブホテル通いが報じられた女性市長が、なぜか圧勝で再選。この不可解な選挙結果、あなたはどう見ますか?
- 当選の裏には「悪名は無名に勝る」戦術、対立候補の失策、そして「もし男性なら?」という根深いジェンダー問題が存在した。
- この選挙は、私たちが政治家の「資質」と「実績」をどう天秤にかけるべきか、重い問いを突きつけている。
「ラブホ密会」で辞職のはずが…なぜ女性市長は圧勝できた?このナゾ、あなたに解けますか?
部下の既婚男性職員とラブホテルで密会――。そんな衝撃的なスキャンダルで一度は辞職したはずの小川晶・前橋市長が、なんと出直し市長選挙で新人4人を相手に圧勝で返り咲きました。
「え、なんで?」そう思ったのは、きっとあなただけじゃないはず。世の中もザワついています。デイリー新潮は『ホテル密会の「お相手職員」は退職なのに「小川晶」前橋市長が再選のモヤモヤ』と題し、多くの人が感じる釈然としない空気を伝えています。
ネットを見れば「市民はちゃんと実績を見ていて賢い!」なんて声もあれば、「いやいや、人としてどうなの?」という厳しい批判も。でも、この選挙結果を「実績 vs 倫理」なんて単純な対立で片付けてしまって、本当によいのでしょうか?
いえ、そんな簡単な話じゃないはずです。この選挙の裏側には、もっと根深くて、私たち有権者一人ひとりにも関わる、複雑なカラクリが隠されているように思えてなりません。 今回は、小川市長がなぜ勝てたのか、その当選の秘密を「炎上マーケティング」と「ジェンダー」という2つの視点から深掘りし、日本の政治と私たちの今を考えます。
当選のカラクリ①:スキャンダルは最強の“選挙ポスター”だった!?
なんとも皮肉な話ですが、今回の選挙、スキャンダルそのものが小川氏にとって最強の武器になったフシがあるんです。
炎上上等!「悪名は無名に勝る」のリアル
選挙で一番大事なもの、それは「名前を知られていること」。スキャンダル報道のおかげで、「小川晶」という名前は前橋市民どころか、日本中に知れ渡りました。これって、選挙戦ではとてつもないアドバンテージですよね。
朝日新聞の記事でも、陣営関係者がこんな本音を漏らしています。「騒動で悪いイメージがついたのは間違いない。でも、悪名は無名に勝る」と。
小川陣営の関係者は「市民からの人気は、騒動前より高まったと感じる」と話す。別の関係者はこう語った。「騒動で悪いイメージがついたのは間違いない。でも、悪名は無名に勝る」
一方、対立候補の筆頭と見られていた丸山彬氏は、県知事や自民党系の市議がバックについていたにもかかわらず、東京新聞が報じるとおり「知名度不足が響いた」ようです。有権者からすれば、「よく知らないけどクリーンそうな新人」より、「色々あったけど、顔も名前も仕事ぶりも知っている現職」の方が、ある意味“選びやすかった”のかもしれません。
敵の“アシスト”が追い風に?批判が「同情票」に変わった瞬間
もちろん、小川陣営もただ知名度にあぐらをかいていただけではありません。批判の声を、見事に逆手にとってみせたのです。
毎日開かれた「対話街宣」では、市民からのどんな鋭い質問にも直接答え、批判から逃げない姿勢をアピール。その姿に、いつしか「あそこまで叩かれなくても…」「もう十分反省したんじゃないか」という同情的な空気が生まれ始めます。朝日新聞は、支持者から「推しだから」「アイドル並みだなぁ」なんて声援まで飛んでいたと伝えています。
この流れを決定的にしたのが、山本一太群馬県知事の存在でした。PRESIDENT Onlineは、山本知事がブログで執拗に小川氏を攻撃したことが、逆に有権者の反感を買い「オウンゴール」になったと鋭く分析。権力者である知事が個人を叩く構図は、まるで「いじめ」のように映り、結果的に小川氏への同情票をさらに上乗せすることになったのです。
「もし、これが男性市長だったら?」
そして、この選挙結果を考える上で、絶対に避けて通れないのが「ジェンダー」という視点です。デイリー新潮が投げかけた「もし小川氏が男性なら選挙結果は?」という問い、あなたはどう考えますか?
当選のカラクリ②:という“もしも”の話
男ならセーフ、女だとアウト?政治と性の“ダブルスタンダード”
ちょっと想像してみてください。これまで、同じようなスキャンダルが報じられた男性政治家って、たくさんいましたよね?でも、その多くが辞職することもなく、今も議員バッジをつけているのが現実ではないでしょうか。
なぜか女性政治家に対しては、仕事の能力とは別に、一段と高いレベルの「清らかさ」や「品行方正さ」が求められがちです。今回、小川氏が女性だったからこそ、スキャンダルがここまで大炎上した、という側面は否定できません。
しかし、話はそう単純でもありませんでした。一部の有権者は逆に「せっかくの女性リーダーの芽を、こんなことで摘んではいけない」と考え、むしろ彼女を守ろうとした可能性だってあります。どちらにせよ、候補者の性別が、政策とはまったく別の次元で、私たちの投票行動に影響を与えたことは間違いないでしょう。
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政治家の性に関する問題は、その当事者の性別によって世間の評価が大きく変わることがあります。例えば、近年注目された男性首長のケースでは、その説明責任や危機管理の在り方が大きな焦点となりました。
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こうしたダブルスタンダードは、個人の資質の問題だけでなく、政党組織に根付いた旧来の価値観、いわゆる「おじさんノリ」が背景にあるとも指摘されています。
結局、市民が選んだのは「暮らし」だったのか
最終的に、多くの前橋市民は「プライベートの問題」と「市長としての仕事」を切り離して考えたのかもしれません。
小川氏は市長として、小中学校の給食費無償化など、子育て世代に響く政策をしっかり進めてきた実績があります。読売新聞の出口調査によれば、特定の支持政党を持たない無党派層の半分以上が小川氏に投票したとのこと。これは、イデオロギーやイメージではなく、「私たちの暮らしを良くしてくれるのは誰か」という視点で冷静に判断した人が多かった、ということではないでしょうか。
とはいえ、プライベートだから何でも許されるわけではありません。女性自身が報じた、密会相手の家庭への配慮を欠いたとも取れる発言は、やはり公人としての倫理観が問われるもの。この点を重く見て、彼女にNOを突きつけた有権者がいたのも事実です。市民は、これらの光と影を天秤にかけ、最終的に「実績」の方に針が振れた、というわけです。
ここまで、いろいろな角度から小川市長の当選理由を考えてきました。でも、僕が思うに、この選挙結果の根っこにあるのは、有権者が成熟したとか、鈍感になったとか、そういう話だけではない気がするんです。
この結果が突きつけた本当の課題、それは**多くの選挙区で起きている「まともな選択肢がない」という現実と、そこから生まれる「政治への諦め」**ではないでしょうか。
対立候補たちは「反・小川」という旗を振るばかりで、それを超えるような魅力的な政策や未来のビジョンを、市民に届けられたのでしょうか。結果、有権者は「倫理的には問題アリだけど、仕事ぶりは知っている現職」か、「何をしたいのかよく分からない新人」か、という究極の選択を迫られ、「どっちも選びたくないけど、まだマシなのはこっちか…」と、消去法で選ばざるを得なかった。これが実情に近いように思えます。
僕が以前住んでいた街の選挙でも、似たようなことがありました。ある議員の金銭スキャンダルが発覚したものの、対立候補の演説は的外れなことばかり。地域の集会では、誰もが「あの議員は嫌だけど、他に任せられる人がいないんだよな…」とため息をついていました。結局、その議員は余裕で再選。今回の前橋市長選も、この構造とそっくりです。私たちは、理想のリーダーではなく、「よりマシな候補者」を選ぶことに、慣れすぎてしまっているのかもしれません。
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スキャンダルへの関心の一方で、有権者は自身の生活に直結する政策変更には、より厳しい目を向けます。まさに「暮らし」を揺るがす問題として大きな議論を呼んだのが、高校生の扶養控除縮小でした。
でも、本当にそれだけ?この選挙が私たちに突きつけた“不都合な真実”
「どうせ変わらない」と諦める前に。私たちが明日からできる3つのこと
- 地元の政治家の「仕事ぶり」をググってみる: スキャンダルやウワサ話だけでなく、議会でどんな発言をして、どんな条例を作ったのか。自治体のサイトや議会だよりを覗いてみましょう。「え、こんなことしてたんだ!」なんて意外な発見があるかもしれませんよ。
- SNSで「政治家の資質」を語り合ってみる: 「プライベートの問題って、どこまで許せる?」そんなテーマで、友達やフォロワーと意見交換してみませんか?ハッシュタグ「#政治と倫理」をつけて、あなたの考えをシェアしてみましょう。
- 次の選挙で「選挙公報」を読み比べてみる: ポスターの顔写真やキャッチコピーだけでなく、候補者が何を約束しているのか、選挙公報をじっくり比較する習慣を。私たちの未来は、その紙切れ一枚に書かれているのですから。
この“モヤモヤ”の正体は、私たち自身の中にあるのかもしれない
結論
最後にもう一度、冒頭のデイリー新潮が提起した「モヤモヤ」について考えてみましょう。この正体不明のモヤモヤ、それは小川市長個人への評価だけではないはずです。それは、私たち有権者自身が、一体何を基準にリーダーを選べばいいのか、その物差し自体がグラグラに揺らいでいることへの戸惑いなのではないでしょうか。
悪名は無名に勝るのか。女性だから厳しく裁かれ、あるいは同情されたのか。それとも、実績さえあればスキャンダルはチャラになるのか。
前橋市長選挙の結果は、遠いどこかの街の話ではありません。これは、私たち一人ひとりが政治とどう向き合い、何を大切にして一票を投じるべきか、重い宿題を突きつける「鏡」なのです。
もし、あなたが前橋市民だったら。小川晶氏に一票を投じますか? それとも、投じませんか? その理由を、ぜひこの機会にじっくり考えてみてください。

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