この記事でわかること
- 元プロ野球監督・落合博満氏が、岩瀬仁紀氏の殿堂入りが遅れたことに「記者は野球を見ていない」と放った一言が、なぜこれほどまでにファンの心を掴んだのか、その深層に迫る。
- 現在の野球殿堂は、記者投票による得票率75%以上という鉄の掟が、時に「プロの目」と「メディアの目」の間に致命的なズレを生み出している。
- 2年連続三冠王のランディ・バース氏が今も選ばれないように、特に外国人選手や記録が地味なスペシャリストが評価されにくい、構造的な問題が存在する。
- 落合氏の問題提起は、単なる記者批判ではない。「本当に偉大な選手とは誰か?」という、野球界の根源的な価値観そのものを、我々全員に問い直すきっかけを与えてくれる。
「またか…」その“もやもや”に、落合博満が火をつけた
「日本の記者っていうのはあまり野球をよく見ていないのかなっていう」「野球やってるオレ達がそう思うんだから」
「また彼か」――そう思った人もいるかもしれない。だが、球界の“オレ流”レジェンド、落合博満氏が自身のYouTubeチャンネルで静かに、しかし鋭く放ったこの言葉は、多くの野球ファンの胸の奥に燻り続けていた“もやもや”の正体を見事に暴き出し、一気に燃え上がらせました。スポーツ報知が報じた記事によれば、これは中日の絶対的守護神・岩瀬仁紀氏が、殿堂入りの資格を得て1年目であっさりと選ばれなかったことへの痛烈な苦言でした。
毎年1月、まるで恒例行事のように発表される野球殿堂入りのニュース。その度に、あなたは思わなかったでしょうか?「なぜ、あの選手がこんなに票が低いんだ?」「このレジェンドが選ばれないなんて、一体誰が投票しているんだ?」と。
落合氏の言葉が特別なのは、それが単なるOBのぼやきではないからです。三度の三冠王に輝き、監督としても“常勝軍団”を築き上げた男――プロ中のプロの眼から放たれた言葉だからこそ、それは単なる感想を超え、野球殿堂という“聖域”が抱える根深い問題への、容赦ないメスとなっているのです。
この記事では、落合氏の怒りの源泉をたどりながら、野球殿堂の選考システムがなぜ「現場の感覚」とズレてしまうのか、そして、我々ファンが抱く“もやもや”の正体を、具体的なデータと過去の「事件」から徹底的に解き明かしていきます。さあ、あなたも一緒に、この固く閉ざされた“聖域”の扉をこじ開けてみませんか?
落合はなぜ怒ったのか?「記者よ、この記録が見えないのか」
落合氏が怒りの矛先を向けた、元中日・岩瀬仁紀。まずは、この投手がどれだけ“異常”な存在だったか、その数字をあなたの目に焼き付けてください。
- 通算1002試合登板(NPB歴代1位)
- 通算407セーブ(NPB歴代1位)
- 15年連続50試合以上登板(NPB歴代1位)
もはや人間業とは思えない、今後100年は破られないであろうアンタッチャブルレコードの数々。落合氏が「入るべくして入った」と断言するように、彼の殿堂入りは、野球を知る者なら誰もが疑わない“確定事項”だったはずです。しかし、現実は違いました。彼は1年目(2024年)であっさり落選。2年目(2025年)にして、ようやくその扉をくぐることができたのです。
一体なぜ、こんな馬鹿げたことが起きるのか。ここにこそ、落合氏が指摘する「現場との絶望的なズレ」と、野球殿堂が抱えるシステムの歪みが隠されています。
4人に1人が「NO」と言えば落選。あまりに高すぎる「得票率75%」の壁
野球殿堂博物館の公式サイトで公開されている選考ルールを見て、私は愕然としました。
- 投票者: 野球報道に15年以上携わる記者(2024年は358人)
- 選出方法: 1人7名まで連記で投票
- 選出基準: 有効投票総数の75%以上の得票が必須
問題は、この「75%」という鉄の掟です。考えてみてください。358人の記者が投票するなら、当選には約269票も必要になる。つまり、たった4人に1人が「この選手はまだ早い」あるいは別の選手に票を投じただけで、誰もが認める大レジェンドでさえ、容赦なく落選させられてしまうのです。
落合氏の「よく野球を見ていない」という言葉は、個々の記者を非難しているようで、実はこのシステム全体に向けられた痛烈な皮肉なのではないでしょうか。プロの目から見れば議論の余地すらない岩瀬クラスの選手でさえ、一発でこの壁を越えられない。これは、この投票システムそのものが、「現場のリアルな評価」を正しく掬い取れていない何よりの証拠です。
さらに「7人連記」というルールも厄介です。各記者が思い入れのある選手や、出身地のヒーローに票を分散させれば、本当に選ばれるべき絶対的な候補者への票が食い荒らされてしまう。その結果、レジェンドの殿堂入りが1年、また1年と遅れていく…そんな喜劇とも悲劇ともつかない現象が、毎年繰り返されているのです。
なぜ“史上最強助っ人”バースは聖域に入れないのか?野球殿堂の不都合な真実
野球殿堂の奇妙なルールは、現役引退後5年以内の選手を対象とする「プレーヤー表彰」に限りません。監督やコーチ、引退後21年以上が経過したレジェンドを対象とする「エキスパート表彰」もまた、同じく得票率75%という高い壁が立ちはだかります。
この厳格すぎる基準は、殿堂の権威を守るという名目の裏で、長年、我々ファンを納得させられない不可解な結果を生み出してきました。その中でも、最も根深い闇を感じさせるのが、外国人選手への冷たい視線です。
2年連続三冠王でもダメ?“史上最強”ランディ・バースが見た冷たい壁
その象徴こそ、元阪神タイガースのランディ・バース、その人です。1985年、86年と2年連続の三冠王。特に85年の打率.350、54本塁打、134打点という数字は、もはや神の領域。彼のバットが描いた美しい放物線は、今もあなたの脳裏に焼き付いているはずです。
信じられますか? これほどの選手が、未だに野球殿堂の外に置かれているのです。表向きの理由は「日本での実働期間が6年と短い」こと。しかし、これほど日本プロ野球の歴史に強烈なインパクトを残した選手を「貢献度が低い」と切り捨ててしまっていいのでしょうか。
この一件は、殿堂の選考が、純粋な成績だけでなく、「日本野球にふさわしいか」という、極めて曖昧で目に見えない“空気”によって左右されている事実を突きつけてきます。そして、その“空気”を作り出しているのが、投票権を握る記者一人ひとりの主観なのです。
「おめでたいことなんだろうなと思いますけどね。まだ他にメンバー的に選ばれてもおかしくないようなメンバーいっぱいいるんですよ」
掛布雅之氏の殿堂入りを祝いながらも、落合氏がポツリと漏らしたこの言葉が、やけに意味深に聞こえてきませんか? この「他にいるメンバー」の筆頭に、バースの名前が浮かんだのは、決して私だけではないはずです。
落合が本当に殿堂入りさせたかった「不遇の天才たち」は誰だ?
では、落合氏の言う「他に選ばれてもおかしくないメンバー」とは、一体誰のことなのでしょうか。少しだけ、私の“妄想”にお付き合いください。もし落合監督が投票権を持っていたら、一体誰の名前をリストに書き込むでしょうか。
日刊スポーツが報じた2025年の投票結果には、そのヒントが隠されています。
- 川相昌弘氏(得票率60.5%): 533犠打の世界記録保持者。だが、チームを勝利に導く“黒子”の技は、派手なホームランに比べて正当な評価を受けにくい。
- タフィ・ローズ氏(得票率19.8%): 外国人最多の464本塁打。シーズン55本の破壊力。それでも、バースと同じく「助っ人」という見えない壁が彼の前に立ちはだかる。
- 松中信彦氏(得票率20.6%): 平成唯一の三冠王という金字塔。だが、その圧倒的な成績とは裏腹に、なぜか票は伸び悩む。ポジションやイメージが邪魔をしているとでも言うのでしょうか。
「物語」を愛する記者 vs「結果」を重んじるプロ。埋まらない評価の溝
そう、ここにこそ、この問題の根っこが潜んでいます。それは、「現場のプロが求める価値」と「メディアが求める価値」の間に横たわる、深く、そして暗い溝です。
例えば、現代の野球分析では、選手の総合的な貢献度を示す「WAR」という指標が当たり前のように使われます。この客観的なデータで見れば、松中氏やローズ氏の価値は疑いようもなく殿堂クラス。しかし、記者投票の世界では、いまだに「三冠王」「2000本安打」「200勝」といった分かりやすい看板や、「ミスター・ジャイアンツ」のような“物語性(ナラティブ)”が、絶対的な価値を持つかのように扱われているのです。
アメリカの野球殿堂には、専門委員会が過去の選手を再評価する仕組みがあります。時代によって変わる選手の価値を、多角的な視点で見直すためです。日本の野球殿堂も、そろそろ記者の主観だけに頼る“昭和のシステム”から脱却し、よりフェアな評価軸を取り入れるべき時が来ているのではないでしょうか。
さあ、次は我々の番だ。落合の問いに、あなたならどう答える?
落合博満氏が放った「記者は野球をよく見ていない」という一言。これは単なるメディア批判でも、制度への不満でもありません。それは、時代と共に変わるべき「偉大な選手とは何か」という定義そのものを、野球を愛する我々すべてに突きつけた、痛烈な“問い”なのです。
中継ぎや抑えの価値が飛躍的に高まり、国籍を問わず多くの才能がしのぎを削る現代のプロ野球。そんな時代に、古い価値観の物差しだけで選手を測ることの、なんと虚しいことか。岩瀬のようなスペシャリストの献身を、バースやローズが日本野球にもたらした衝撃を、私たちはどう正しく評価し、未来へ語り継いでいけばいいのか。野球殿堂のあり方は、まさにその覚悟を問うリトマス試験紙なのです。
だからこそ、我々ファンができることは一つ。殿堂入りのニュースをただ眺めるだけでなく、その投票の内訳に、選ばれなかった選手たちの功績に、自分自身の目を向けてみることです。なぜこの選手が選ばれ、あの選手が選ばれないのか。自分なりの答えを探すこと。それこそが、落合博満が投げかけた問いに対する、私たちなりのアンサーであり、プロ野球という最高のエンターテイメントを、さらに深く味わうための第一歩になるはずです。


コメント