混浴年齢ルールの見直しが必要

追い詰められる家族。硬直的な混浴年齢ルールは誰のため？発達に寄り添う社会へ

「パパと一緒がいい」――。公衆浴場の入り口で不安げに父親の手を握りしめる娘を、「ルールですから」と引き離さなければならない。そんな切ない光景が、今、日本のあちこちで起きています。子どもの発達を守るために設けられたはずの「混浴年齢」という画一的なルールが、ひとり親家庭や障害のある子を持つ家族など、多様な親子を静かに追い詰めているのです。

良かれと思って作られた制度は、なぜ、誰かを傷つける結果を招いてしまうのでしょうか。この記事では、硬直的な数字の壁の裏側で声にならない不安を抱える子どもたちと、途方に暮れる保護者の現実に光を当てます。これは単なるルール批判ではありません。年齢という一本の線引きから、一人ひとりの発達と家庭の事情に寄り添う、温かく柔軟な社会へと舵を切るための招待状です。

「5歳なのに…」スーパー銭湯で息子が止められた現実

週末、5歳の息子とスーパー銭湯を訪れたシングルマザーのAさん。仕事と育児に追われる日々の中で、大きな湯船に二人で浸かる時間は、かけがえのない絆を育むひとときでした。

しかしその日、受付でいつものようにチケットを渡すと、従業員にそっと呼び止められます。

「恐れ入りますが、お子様はおいくつですか？」

Aさんが5歳だと答えると、従業員は申し訳なさそうに続けました。「こちらの条例では、混浴は6歳までとさせていただいております。お子様は少し背が高いようですので、念のための確認でして…」。

その言葉は、Aさんにとって見えない壁が目の前に現れた瞬間でした。隣では、父親と男の子が「どっちが長く潜れるか勝負だ！」と笑いながら男湯へ向かう。なぜ、うちはだめなの？息子の期待に満ちた顔を見ながら、Aさんは立ち尽くすしかありませんでした。

この背景には、厚生労働省が「公衆浴場における衛生等管理要領」を改正し、「おおむね7歳以上の男女を混浴させないこと」という方針を示したことがあります。これを受け、多くの自治体や施設が混浴可能な年齢を「6歳まで」と定めているのです。

ルールがあることは理解できる。子どものプライバシーや発達への配慮も重要です。しかし、まだ一人で男湯に入るには不安な5歳の息子を、どうすればよかったのか。Aさんのような経験は、決して特別なものではありません。

数字の壁が見過ごす、多様な家族のかたち

この問題の根底には、年齢という単一の指標で全てを判断しようとする、社会システムの硬直性が潜んでいます。子どもの発達は一人ひとり異なり、家庭環境も千差万別です。

発達心理学の専門家は、羞恥心が芽生える時期など精神的な発達には、数年の幅で大きな個人差があると指摘します。身体的な成長が早い子もいれば、精神的な自立がゆっくりな子もいます。また、障害や特性のために、保護者の介助が不可欠な子どもも少なくありません。画一的な「年齢」という線引きは、こうした個々の発達段階や家庭の事情をこぼれ落としてしまうのです。

さらに社会学の視点に立てば、公衆浴場は単なる入浴施設に留まらず、地域住民の憩いや交流を育む重要なコミュニティ拠点としての役割を担ってきました。特定の家族を社会参加の場から排除しかねないルールは、公衆浴場が持つ大切な社会的価値をも損なう恐れがあります。

対話で築く、より柔軟でインクルーシブな解決策へ

では、どうすればよいのでしょうか。批判に終わらせず、建設的な解決策を探る必要があります。

海外に目を向ければ、より柔軟で現実的なアプローチがすでに実践されています。例えばドイツや北欧の温浴施設では、男女別の更衣室とは別に、性別を問わず家族単位で利用できる「ファミリー更衣室」の設置が進んでいます。この空間があることで、シングルマザーと息子、シングルファザーと娘、あるいは介助が必要な家族など、多様な組み合わせの人々が誰にも気兼ねすることなく、安心して施設を利用できるのです。これは「混浴か否か」という二元論を超え、プライバシーを確保しながら多様性を受け入れる、インクルーシブな社会デザインの一例と言えるでしょう。

今、日本で求められているのは、ハードとソフト両面からのアップデートです。

ハード面: 施設側は、可能であればファミリー更衣室や個室シャワーの設置を検討し、利用者の選択肢を増やす努力が期待されます。
ソフト面: 年齢のみを絶対的な基準とせず、「保護者が責任を持って監督し、周囲への配慮を子どもに教えること」を条件に加えるなど、より実態に即した運用へと見直すことが重要です。

「ルールだから」と思考停止するのではなく、社会の変化や個々の事情に寄り添い、対話を通じてルールを更新していく。その姿勢こそが、すべての子どもと家族が安心して暮らせる社会を築くための第一歩となるのです。