2025年7月17日、個性派俳優として映画やドラマ、CMで幅広く活躍された秋田宗好さんが、急性心筋梗塞のため急逝されました。54歳というあまりにも早すぎる訃報に、多くの人が言葉を失ったことでしょう。『YAWARA!』や『シコふんじゃった。』で見せたコミカルな演技、そして多くの人の記憶に残るサントリー「DAKARA」のCMでの「余分三兄弟・糖分役」。その唯一無二の存在感は、私たちのお茶の間に笑顔と彩りを与えてくれました。心よりご冥福をお祈りいたします。

しかし、この悲しいニュースに触れたとき、私たちは哀悼の意を表するだけで終わらせてはならないのかもしれません。「54歳」「働き盛り」「急性心筋梗塞」。これらのキーワードは、30代後半から50代の、まさに社会や家庭の中心を担う私たちにとって、決して他人事ではない、冷徹な現実を突きつけています。

「自分はまだ若いから大丈夫」「健康診断では特に異常はなかったし…」そんな風に思ってはいないでしょうか。皮肉にも、かつてCMで「余分な糖分」を擬人化して演じた秋田さんの訃報は、現代人の食生活や生活習慣に潜むリスクを、私たちに改めて問いかけているかのようです。この記事では、秋田宗好さんを偲びながら、彼の死を無駄にしないために、私たち自身が知っておくべき「急性心筋梗塞」の恐ろしさと、自分や大切な家族の命を守るための具体的な方法について、深く、そして真剣に掘り下げていきます。

急性心筋梗塞は、ある日突然、何の予兆もなく襲ってくるイメージが強いかもしれません。しかし、その「突然」の裏側では、長い年月をかけて静かに進行する「時限爆弾」が作動しています。その正体は「動脈硬化」です。

私たちの心臓は、冠動脈（かんどうみゃく）という血管から酸素や栄養を受け取り、休みなく動き続けています。健康な血管はしなやかで弾力がありますが、高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙などの影響で、血管の内側の壁が傷つけられます。すると、その傷ついた部分から血液中の悪玉（LDL）コレステロールが入り込み、お粥のようなドロドロとした塊を形成します。これが「プラーク」です。

プラークは風船のように膨らみ、血管の内側を徐々に狭めていきます。しかし、この段階ではほとんど自覚症状がありません。問題は、このプラークが非常に不安定で、ある日突然、何かのきっかけ（急な血圧の上昇やストレスなど）で破裂することです。プラークが破れると、体はそれを傷と認識し、修復しようとして血小板を集め、急速に血の塊（血栓）を作り出します。この血栓が冠動脈を完全に塞いでしまうと、その先に血液が届かなくなり、心臓の筋肉が酸素不足で壊死（えし）してしまいます。これが急性心筋梗塞の正体です。

急性心筋梗塞とは、冠動脈（心臓の筋肉に血液を送る血管）の中の動脈硬化プラーク（コレステロールなどが蓄積した塊）が破綻して血栓が生じ、血管が詰まって血液がいかなくなった状態を指します。心臓の筋肉が必要とする酸素や栄養が届かなくなることで心臓の筋肉が壊死し、心臓の機能が急激に損なわれます。

急性心筋梗塞：循環器内科より引用

血管が75%以上狭くなるまで自覚症状はほとんど現れないと言われており、これが「突然死」に繋がる最大の理由です。サイレントキラー（静かなる暗殺者）と呼ばれる所以は、まさにここにあります。

なぜ、秋田さんのような働き盛りの世代、特に男性に心筋梗塞が多いのでしょうか。これには社会的、環境的、そして生物学的な要因が複雑に絡み合っています。

• 社会的・環境的要因：働き盛りの世代は、長時間労働、頻繁な会食、出張など、食生活が乱れがちです。付き合いでの飲酒や喫煙の機会も増え、慢性的な運動不足に陥りやすい傾向があります。また、仕事上のプレッシャーや人間関係など、強いストレスに常に晒されていることも、血圧を上昇させ、血管にダメージを与える大きな要因となります。
• 生物学的要因：女性ホルモンの一種であるエストロゲンには、血管をしなやかに保ち、悪玉コレステロールを減らす作用があります。閉経前の女性は、このエストロゲンによって動脈硬化から守られていますが、男性にはその恩恵がありません。そのため、比較的若い年代から動脈硬化が進行しやすいのです。
• 心理的要因：「まだ若い」「体力には自信がある」といった過信や、「弱音を吐いてはいけない」という社会的プレッシャーから、自身の体調不良を軽視したり、多忙を理由に健康診断を先延ばしにしたりするケースが少なくありません。この「大丈夫だろう」という油断が、サイレントキラーの忍び寄る足音を聞き逃す原因となるのです。

しかし、これは男性だけの問題ではありません。女性も閉経を迎え、エストロゲンの分泌が減少すると、心筋梗塞のリスクは男性と同等、あるいはそれ以上にまで急上昇します。さらに、女性の心筋梗塞は胸の痛みといった典型的な症状が出にくく、「胃のむかつき」「背中の痛み」「異常な疲労感」など非典型的な症状で現れることが多いため、診断が遅れやすいという危険性も指摘されています。

心筋梗塞は時間との勝負です。発症からいかに早く専門的な治療を受けられるかが、その後の生存率や後遺症の有無を大きく左右します。だからこそ、私たちはその危険なサインを知っておく必要があります。以下に挙げる5つのサインは、あなた自身、そしてあなたの隣にいる大切な人の命を救うための重要な知識です。一つでも当てはまる、あるいはいつもと違うと感じたら、絶対に我慢せず、ためらわずに救急車を呼んでください。

これは最も典型的で、よく知られた症状です。「突然、胸の中央部を締め付けられるような、押しつぶされるような激しい痛み」と表現されます。経験者の中には「象が胸に乗っているようだ」「万力で締め上げられる感じ」と語る人もいます。この痛みは通常、20分以上持続し、安静にしていても治まりません。また、痛みは胸だけでなく、左肩、左腕の内側、顎、歯、喉、背中などに広がる（放散痛）ことも特徴です。

心臓のポンプ機能が急激に低下することで、肺に血液がうっ滞し（肺うっ血）、酸素の交換がうまくできなくなります。そのため、胸の痛みと同時に、あるいは痛みはないのに「急に息苦しくなった」「少し動いただけでも息が切れる」「横になると咳が出て苦しい」といった症状が現れます。特に高齢者や糖尿病患者では、痛みがなく息苦しさだけが前面に出ることもあります。

激しい痛みや心機能の低下という異常事態に、自律神経が過剰に反応して起こる症状です。顔面蒼白になり、脂汗のようなベタベタした冷たい汗が全身から噴き出します。また、強い吐き気や嘔吐を伴うこともあり、胃の不調や食あたりと勘違いしてしまうケースも少なくありません。血圧が急激に低下することで、めまいや立ちくらみ、最悪の場合は意識を失うこともあります。

心筋梗塞の発作が起こる数日前から数週間前に、「前駆症状」として、これまで経験したことのないような強いだるさや疲労感を感じることがあります。「風邪でもないのに体が鉛のように重い」「いくら寝ても疲れが取れない」といった感覚です。これは心臓への血流が一時的に悪化しているサインかもしれません。単なる疲れと決めつけず、他の症状と合わせて注意深く観察することが重要です。

前述の通り、痛みは胸以外にも広がることがあります。しかし、中には典型的な胸痛がなく、肩こりのような痛み、背中の痛み、奥歯が浮くような痛み、喉が詰まる感じだけが現れる「非典型的」なケースもあります。これらの症状を「ただの肩こり」「虫歯かな？」と自己判断してしまうのは非常に危険です。特に糖尿病の合併症で神経障害がある方や高齢者は、痛みの感覚が鈍くなっているため、このような非典型的な症状に注意が必要です。

【コラム】もし、サインに気づいたら？命を繋ぐ3つの行動

1. ためらわずに119番通報する：「救急車を呼ぶのは大げさかも…」という迷いが、命取りになります。上記のサインが一つでもあれば、すぐに救急車を呼びましょう。電話では「胸がすごく痛い」「心筋梗塞かもしれない」と具体的に伝えることが重要です。
2. 楽な姿勢で助けを待つ：救急車が来るまでは、ベルトやネクタイを緩め、座るか、上半身を少し起こした状態で横になるなど、最も楽な姿勢をとりましょう。心臓への負担を少しでも減らすことが目的です。
3. AEDの場所を確認・準備する：もし周りに人がいれば、AED（自動体外式除細動器）の場所を確認してもらいましょう。意識を失い、心停止に陥った場合、救急隊が到着するまでの間にAEDを使用できるかどうかで、生存率が劇的に変わります。

秋田さんの悲劇を繰り返さないために、私たちは何ができるのでしょうか。心筋梗塞のリスクを高めるのは、高血圧、脂質異常症、糖尿病、肥満、喫煙といった生活習慣病です。これらはすべて、日々の積み重ねによって引き起こされます。つまり、生活習慣を見直すことこそが、最強の予防策となるのです。

かつて秋田さんが演じた「余分三兄弟」。まさに現代人の食生活には、彼らが象徴する「余分」が溢れています。まずは、血管の敵となるものを減らすことから始めましょう。

• 減らすべきもの：
  • 塩分：高血圧の最大の原因です。漬物、干物、加工食品、ラーメンの汁などは控えめに。出汁の旨味や香辛料を活かす工夫を。目標は1日6g未満です。
  • 飽和脂肪酸・トランス脂肪酸：肉の脂身、バター、生クリーム、マーガリン、ショートニング、スナック菓子などに多く含まれ、悪玉コレステロールを増やします。
  • 糖質：過剰な糖質、特に甘い飲み物や菓子類は、中性脂肪を増やし、血糖値の乱高下（血糖値スパイク）を引き起こして血管を傷つけます。
• 増やすべきもの：
  • 青魚：サバ、イワシ、サンマなどに含まれるEPAやDHAは、血液をサラサラにし、血栓を防ぎます。週に2〜3回は食卓に。
  • 野菜・果物・海藻：豊富なカリウムが余分な塩分を排出し、食物繊維が悪玉コレステロールの吸収を抑えます。
  • 大豆製品・ナッツ類：良質な植物性たんぱく質と不飽和脂肪酸が、血管の健康をサポートします。

運動は、血圧や血糖値を下げ、善玉コレステロールを増やし、ストレス解消にもなる万能薬です。大切なのは、きついトレーニングではなく、「少し息が弾む程度」の有酸素運動を継続することです。

• 目標：ウォーキング、軽いジョギング、水泳、サイクリングなどを、1回30分以上、週に3〜5日（合計で週150分以上）行うのが理想です。
• 日常での工夫：「忙しくて時間がとれない」という方は、エレベーターを階段にする、一駅手前で降りて歩く、テレビを見ながら足踏みをするなど、日常生活の中に「ながら運動」を取り入れてみましょう。塵も積もれば山となります。
• 注意点：運動前に必ず準備運動を。また、体調が優れない日や、胸に違和感があるときは、無理せず休む勇気を持ちましょう。

心と体の休息は、食事や運動と同じくらい重要です。特に、以下の3点は血管の健康に直結します。

• 禁煙：喫煙は動脈硬化を強力に促進する最大のリスクファクターです。「百害あって一利なし」を肝に銘じ、禁煙に挑戦しましょう。自力で難しい場合は、禁煙外来など専門家の力を借りることも有効です。
• 質の良い睡眠：睡眠不足は交感神経を優位にし、血圧を上昇させます。1日7時間を目安に、質の良い睡眠を確保しましょう。いびきがひどい、日中に強い眠気がある方は、心血管疾患のリスクを高める「睡眠時無呼吸症候群」の可能性も。一度、専門医に相談してみてください。
• ストレス管理：現代社会でストレスをゼロにすることは不可能です。大切なのは、自分なりの解消法を見つけ、溜め込まないこと。趣味に没頭する、自然の中を散歩する、親しい友人と話す、瞑想やヨガを試すなど、心からリラックスできる時間を作りましょう。

生活習慣の改善とともに、もう一つ欠かせないのが、自分の体の状態を客観的に知ることです。そのための最も有効な手段が、定期的な健康診断です。

自覚症状がないまま進行する動脈硬化。その危険度を測るために、健康診断の結果をただ眺めるだけでなく、その数値の意味を理解しましょう。特に注目すべきは以下の項目です。

• 血圧：「上の血圧（収縮期血圧）が140mmHg以上」または「下の血圧（拡張期血圧）が90mmHg以上」は高血圧です。
• 脂質：「悪玉（LDL）コレステロールが140mg/dL以上」「善玉（HDL）コレステロールが40mg/dL未満」「中性脂肪が150mg/dL以上」は脂質異常症です。
• 血糖：「空腹時血糖値が126mg/dL以上」または「HbA1c（ヘモグロビンエーワンシー）が6.5%以上」は糖尿病が強く疑われます。

これらの数値に異常が見られたら、それはあなたの体からの重要なSOSサインです。「要再検査」「要精密検査」という結果を放置せず、必ず医療機関を受診してください。早期に治療を開始すれば、動脈硬化の進行を食い止めることが可能です。

最後に、忘れてはならないのが家族の存在です。自分の健康は、自分一人のものではありません。あなたの身に何かあれば、最も悲しむのは大切な家族です。

「最近、顔色が悪いよ」「階段を上るのが辛そうだね」——。そんな家族からの指摘に、素直に耳を傾けてみてください。自分では気づかない体調の変化を、一番近くで見ているのは家族かもしれません。逆に、あなたの家族の様子がいつもと違うと感じたら、ぜひ声をかけてあげてください。

この記事で紹介した「5つのサイン」を家族全員で共有しておくことも、万が一の時に命を救う行動に繋がります。日頃から健康についてオープンに話し合える関係を築いておくこと。それこそが、何物にも代えがたい「命の保険」となるのです。

俳優・秋田宗好さんのあまりにも早すぎる死は、多くの人々に衝撃と深い悲しみをもたらしました。彼のユーモラスで心温まる演技は、これからも私たちの記憶の中で生き続けることでしょう。

そして彼の訃報は、私たちに一つの重く、しかし非常に大切なメッセージを遺してくれました。それは、「自分の身体と真剣に向き合う時間を、決して後回しにしてはいけない」ということです。

「忙しいから」「まだ若いから」「自分だけは大丈夫」——。その根拠のない自信や油断こそが、サイレントキラーが最も好む環境です。心筋梗塞という悲劇は、特別な誰かにだけ起こるものではありません。日々の生活の延長線上に、誰にでも起こりうる現実なのです。

この記事をここまで読んでくださったあなたは、すでに行動を変えるための第一歩を踏み出しています。どうか、この知識を頭の片隅に追いやることなく、今日からの行動に繋げてください。今日の夕食は、塩分を控えめにして青魚を選んでみる。明日は、一駅手前で電車を降りて歩いてみる。週末は、家族と健康について話す時間を作ってみる。そんな小さな一歩の積み重ねが、あなたの未来、そしてあなたの大切な人の未来を守る、最も確かな道となるはずです。

秋田宗好さんのご冥福を心からお祈りするとともに、彼の死が、私たち一人ひとりが自らの命と健康について深く考えるきっかけとなることを願ってやみません。