もし、親が遺した最後の言葉が、あなたへの「愛情の格差」を証明するものだったら?法務局で開示された一枚の紙が、あなたの存在価値を否定する「合法的な暴力」と化した時、人はその絶望からどう立ち上がればいいのでしょうか。
これは空想の話ではありません。安全なはずの「自筆証書遺言書保管制度」が、親の歪んだ愛情に法務局のお墨付きを与え、遺された子の心を砕く凶器へと変えうるのです。本記事では、兄妹間で「8対2」という残酷な相続格差を突きつけられた当事者の告白を元に、この制度が加速させる新たな悲劇の構造を解き明かします。
これは、もはや単なる相続問題ではない。法の名の下に行われる、親から子への最後の『感情的暴力』です。その実態から、決して目を背けてはなりません。
遺言書は凶器に変わる――法務局が守る親の『感情的暴力』
「父の遺言書を、捨てた」――一枚の紙が暴いた、家族の歪な愛情
「父の遺言書を、私、捨てたんです」
都内の喫茶店。午後の穏やかな光の中で、佐藤美佳さん(68歳・仮名)は静かにそう告白しました。まるで昨日の献立を話すような平坦な声色とは裏腹に、その瞳の奥には長年凍りついた悲しみと、今なお燃え盛る怒りの炎が揺らめいていました。
彼女の告白は、法を語る以前の、魂の叫びでした。私たちが「家族」という言葉に抱く温かな幻想を、根底から覆すほどの衝撃を秘めていたのです。
美佳さんの父・忠邦さん(故人)が亡くなったのは、約20年前のこと。昔気質の厳格な父親で、彼女の記憶の中ではいつも二歳年上の兄・俊一さん(仮名)ばかりを可愛がっていました。「男の子だから」「長男だから」。その言葉は、幼い彼女の心に見えない棘のように突き刺さり続けたといいます。
それでも、父は父でした。大人になり家を出てからも、父の日には贈り物を欠かさず、心のどこかで「いつか父は自分も同じように見てくれるはずだ」という淡い期待を捨てきれずにいました。
父の死後、遺品を整理していた時のことです。仏壇の引き出しの奥から、分厚い封筒が見つかりました。震える手で封を開けると、そこには几帳面な父の筆跡で書かれた「遺言書」の三文字。財産の具体的な指定から作成日付、署名まで、すべてが父の自筆で書かれ、末尾には実印がはっきりと押されていました。それは法的に何ら疑う余地のない、完璧な自筆証書遺言でした。
一枚、また一枚と紙をめくる彼女の視線は、ある一文で凍りつきます。
財産は、長男に8割、長女に2割を相続させる――。
8対2の宣告――数字が刻んだ愛情の格差
数字が持つ暴力性を、彼女はこの時ほど痛感したことはありませんでした。8対2。それは単なる配分の差ではなく、父の人生の結論であり、娘である自分への最終評価そのものに思えました。
兄の進学には「跡取りだから」と援助を惜しまなかった父が、自分がささやかな習い事をねだると「女の子は愛嬌があればいい」と取り合ってもくれなかったこと。そうした幼い頃から浴びせられ続けた「お兄ちゃんびいき」という名の差別が、死という絶対的な局面において、冷酷な数字となって襲いかかってきたのです。
当時の父の遺産は、住んでいた家と畑、そして約800万円の金融資産。この遺言は、彼女のささやかな期待を打ち砕き、生涯にわたって受け続けた不平等感を決定づける、父からの最後の「絶縁状」のように感じられました。
彼女は衝動的に、その遺言書を破り捨てました。
『絶対化』される不公平――遺言書保管制度がもたらす新たな絶望
美佳さんが遺言書を破棄できたのは、それが自宅で発見されたからです。結果的に遺言は「なかったこと」になり、法定相続分に従って兄と財産を分けることで、彼女の尊厳はかろうじて守られました。
しかし、もしこれが現代だったら?
2020年に始まった「自筆証書遺言書保管制度」は、まさにこの状況を一変させました。この制度を利用すれば、自筆の遺言書を法務局が安全に保管してくれます。偽造や隠匿、そして美佳さんのような「破棄」を防ぎ、親の意思を確実に実現するための画期的な仕組みです。
だが、その「確実性」こそが、新たな悲劇を生むのです。
もし忠邦さんがこの制度を利用していたら、美佳さんは彼の死後、法務局で「8対2」という宣告を突きつけられていたでしょう。法務局という国家機関のお墨付きを得たその遺言は、もはや彼女にはどうすることもできない『絶対的』なものとなります。反論の余地も、気持ちを整理する時間もなく、不公平な親の意思が合法的に執行されるのです。
遺言書の『物理的保護』は、時として遺された子への『感情的暴力』を加速させ、固定化する装置になりかねません。親の歪んだ愛情や差別意識までもが、法によって「保護」され、反論不能な最終通告として遺族に突きつけられる。
これは、制度が想定していなかった、現代の新たな絶望の形なのかもしれません。
📢 この記事をシェア
この記事が役に立った、面白いと感じたら、ぜひお友達やソーシャルメディアでシェアしてください。
💬 コメントをください!
遺言書、守るべきは「親の意思」? それとも「家族の公平」?
コメント