「こんな怖さ初めて」来日25年、電車での心ない言葉。日本の排外主義を問う

「ここは日本なのだから、海外の文化を持ち込まないで、日本に合わせなさい」

もし、あなたが毎日使う通勤電車の中で、見知らぬ誰かから突然こんな言葉を投げつけられたら、どうしますか？ 驚き、怒り、それとも恐怖で体がすくんでしまうでしょうか。

これは、遠い国の話でも、誰かが作った物語でもありません。2025年の夏、この日本で、一人の男性が実際に体験した出来事です。

言葉のナイフを突きつけられたのは、神奈川県に住むネパール出身のジギャン・クマル・タパさん（46歳）。来日して25年、この国を愛し、真摯に生きてきた彼にとって、それはあまりにも理不尽な暴力でした。毎日新聞の報道によれば、その視線はタパさんが誇りを持ってかぶっていたネパールの伝統的な帽子「トピ」に注がれていたといいます。ショックと恐怖で頭が真っ白になり、何も言い返せずに次の駅で電車を降りるしかなかった――。彼の心の痛みは、想像するに余りあります。

この一件は、単なる「運の悪い出来事」ではありません。これは、今の日本社会に静かに、しかし確実に広がりつつある”病”の兆候なのです。この記事では、タパさんの痛ましい経験を入り口に、なぜ今、日本でこれほどまでに排外的な空気が渦巻いているのか、その正体を暴きます。そして、分断の時代を乗り越え、真の「多文化共生」を実現するために、私たち一人ひとりに何ができるのか、あなたと一緒に考えていきたいと思います。

タパさんが受けた心ない言葉は、決して一個人の「性格の悪さ」で片付けられる問題ではありません。その背後には、今の日本社会を蝕む、根深い“病巣”が横たわっています。なぜ、私たちはこれほどまでに不寛容になってしまったのでしょうか？ 鍵となる3つの視点から、その正体に迫っていきましょう。

「給料は上がらないのに、物価ばかりが上がっていく…」 あなたも、そんな閉塞感を抱えていませんか？ 長引く経済の停滞と広がる格差は、私たちの心から余裕を奪い、将来への不安を増大させます。そして、その不満や怒りのはけ口として、最も狙われやすいのが、自分たちよりも“弱い”立場にいる人々、つまり外国人なのです。

MBSニュースの記事によれば、日本の在留外国人は376万人を超え、今や人口の約33人に1人が外国人。私たちの暮らしは、もはや彼らなしでは成り立ちません。にもかかわらず、「外国人が増えると治安が悪くなる」「仕事を奪われる」といった、まるで都市伝説のような言説が、まことしやかに囁かれています。しかし、忘れないでください。NHKの報道などが繰り返し指摘するように、外国人増加と治安悪化を直接結びつける客観的なデータは、どこにも存在しないのです。それは、一部の人々が不安を煽るために作り出した、危険な幻想にすぎません。

私たちの不安を巧みに利用し、排外的なムードを煽っている存在がいます。そう、一部の政治家たちです。起点となった毎日新聞の記事も報じているように、「7月の参院選では外国人を巡る政策が論点として急浮上」「自民党総裁選でも、議論されている」という状況は、決して偶然ではありません。

特に選挙が近づくと、「外国人規制の強化」を声高に叫ぶ主張が目立ち始めます。なぜか？ それが、一部の有権者に“ウケる”からです。ある報道では、特定の政党が外国人政策を先鋭化させた結果、他の政党も追随せざるを得なくなったと分析されています。政治家が発する「強い言葉」は、社会の空気を一変させる力を持っています。彼らの言葉が、まるで外国人差別にお墨付きを与えるかのような誤ったメッセージとなり、タパさんが経験したような直接的な暴力に繋がっていく。この危険な連鎖を、私たちは見過ごしてはならないのです。

タパさんは、自身のつらい経験をX（旧ツイッター）に投稿しました。彼が求めていたのは、きっと「あなたは悪くない」という温かい共感だったはずです。しかし、彼を待ち受けていたのは、あまりにも冷酷な言葉の刃でした。

＜日本に来る外国人の方々の一部が傍若無人に振る舞った結果でしょ＞
＜自業自得と因果応報＞

「こんな怖さ初めて」来日25年のネパール人、電車で突然受けた心ない言葉　排外的な空気に戸惑い【総裁選2025】 – 毎日新聞

なぜ、こんなことが起きてしまうのか。その犯人の一端は、あなたが毎日使っているSNSの「アルゴリズム」にあります。SNSは、あなたが見たい情報、心地よい意見ばかりを届けます。その結果、私たちは自分と違う意見から隔離され（フィルターバブル）、同じ意見ばかりが反響する部屋（エコーチェンバー）に閉じ込められてしまうのです。いつしか自分の考えが“世の中の常識”だと錯覚し、異質な他者を攻撃することに何の躊躇も感じなくなる。 タパさんの投稿が1628万回も表示されながら、批判の声が溢れたという事実は、SNSが私たちの社会をいかに深く分断しているか、その恐るべき現実を突きつけているのです。

この一連の出来事で、私が最も胸を抉られるのは、タパさんが街を歩くとき、あのネパールの伝統的な帽子「トピ」をかぶれなくなってしまったという事実です。彼は、再び誰かから攻撃される恐怖から、大切なアイデンティティの証をバッグの中に隠すようになったのです。

「トピは、私たちにとってネクタイのように大切な正装の一部なんです」 毎日新聞の取材に、タパさんはそう語っています。彼にとってトピをかぶることは、自身のルーツへの誇りそのもの。それを、たった一人の心ない言葉によって、自ら手放さなければならない。この「トピを脱ぐ」という行為が意味するものを、私たちは軽く考えてはいけません。それは、この社会が、たった一つの「普通」を強要し、それ以外の文化や個性を否定しているという、何より雄弁な証拠だからです。

誰もが同じ格好をし、同じ考え方をする社会。一見すると「秩序」があるように見えるかもしれません。しかし、それは多様性という名の“色彩”を自ら消し去り、モノクロの世界に閉じこもるようなもの。タパさんのような人々が、自分の文化を胸を張って表現できない社会は、いずれ国際社会から見放され、私たち自身をじわじわと貧しくしていくのです。

ここで、あなたにぜひ知っておいてほしい言葉があります。それは「マイクロアグレッション」。直訳すれば「小さな攻撃」です。これは、本人に悪意はなくても、無意識の偏見からくる言動で、特定の属性を持つ人々を傷つけてしまう行為を指します。

日本財団のウェブメディアで専門家が警鐘を鳴らすように、これは「差別に発展しかねない」非常に根深い問題です。例えば、あなたが外国出身の人に、褒め言葉のつもりで「日本語がお上手ですね」と言ったとします。しかし、言われた側は「ああ、自分はいつまでも『上手な外国人』で、この社会の一員としては見てもらえないんだな」と、疎外感を覚えるかもしれません。これがマイクロアグレッションの正体です。

タパさんに向けられた言葉は、もはや「マイクロ」とは言えない剥き出しの暴力でした。しかし、その根底には「日本にいるなら、日本の文化に染まるべきだ」という、同質性を強要する無意識の偏見、つまりマイクロアグレッション的な思考が見え隠れします。朝日新聞SDGs ACTION!の記事も指摘するように、こうした無自覚な攻撃の積み重ねは、受け手の心を確実に蝕んでいきます。「自分は差別なんてしない」と思っている、あなたの中にこそ、この「小さな攻撃者」は潜んでいるのかもしれないのです。

タパさんのXへの投稿に殺到した、心ないリプライの数々。顔の見えない相手だからと、なぜ人はこれほどまでに残酷になれるのでしょうか。

匿名性の仮面に隠れ、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という集団心理が働くとき、私たちの心に潜む攻撃性は牙を剥きます。前述したエコーチェンバー現象によって、「外国人を叩くのは正しいことだ」という歪んだ正義感が醸成されれば、ヘイトスピーチへのハードルは驚くほど低くなる。彼らは、自分たちの放つ言葉が、画面の向こうにいる一人の生身の人間の心を、どれほど深く切り裂いているか、想像することすらやめてしまうのです。これは、日本の外国人差別という問題が、ネット空間でいかに煮詰められ、先鋭化しているかという動かぬ証拠です。

しかし、絶望するのはまだ早い。SNSは、ただ分断と憎悪をばらまくだけの装置ではありません。タパさんが投稿した理由の一つは、「『あなたは悪くないよ』と誰かに言ってほしい気持ちがあったからかもしれない」という、切実な願いでした。そして、彼の投稿には批判と同じくらい、いや、それ以上に多くの励ましや共感の声が寄せられたことも事実です。そう、SNSは、同じ痛みや問題意識を持つ人々を繋げ、差別や偏見に「NO」を突きつける巨大な連帯のうねりを生み出す、強力な武器にもなり得るのです。

問われているのは、私たち一人ひとりが、このSNSという巨大な“広場”で、どう振る舞うかです。誹謗中傷の祭りに加担するのではなく、傷ついた人にそっと寄り添う言葉をかける。デマやヘイトが流れてきたら、安易に拡散せず、一度立ち止まってファクトチェックをする。その一つひとつの小さな、しかし、理性的な行動こそが、SNSの濁った空気を浄化し、誹謗中傷の醜い連鎖を断ち切る、唯一の希望なのです。

来日25年のタパさんが電車で受けた、たった一言の暴力。それは、もはや彼一人の悲劇ではありません。経済、政治、テクノロジー…様々な要因が複雑に絡み合い、この日本社会に深く根を張る“病”の症状そのものです。そして、それは「自分には関係ない」と思っているあなたの日常にも、静かに忍び寄っているのです。

この巨大な問題を前に、私たちはただ無力に立ち尽くすしかないのでしょうか？ いいえ、決してそんなことはありません。分断を乗り越え、誰もが自分らしく、誇りを持って生きられる社会を創るために、あなたに今日からできることがあります。

• ①「知る」ことから始めよう：「外国人は危険だ」そんなイメージに騙されないでください。まずは公的なデータや信頼できる情報にあたり、事実を知る努力を。そして何より、タパさんのような当事者の声に、真摯に耳を傾けることからすべては始まります。
• ②「顔の見える関係」を築こう：すべての差別は、「無知」と「無関心」から生まれます。地域の国際交流イベントを覗いてみる。近所に住む外国の方に「こんにちは」と挨拶してみる。そんな小さな一歩が、あなたの中にある見えない壁を壊してくれます。
• ③「沈黙」という名の加担をやめよう：差別的な言動を見聞きしたとき、見て見ぬふりをすることは、実は最も罪深い「加担」です。直接言い返す勇気がなくてもいい。SNSで被害者に寄り添う「いいね」を押す。差別的な投稿を拡散しない。あなたが「傍観者」でいることをやめた瞬間、社会は確実に変わり始めます。

タパさんが再び、あの誇り高いネパールの「トピ」をかぶり、日本の街を堂々と歩けるようになる日。それは、私たち日本社会が、くだらない偏見を乗り越え、真に成熟した社会へと生まれ変わる日です。その未来の扉を開ける鍵は、政治家でも、誰か他の偉い人でもなく、今この記事を読んでいる、あなた自身が握っているのです。