1. 150台のEVバスが「塩漬け」に
2025年の大阪・関西万博後に路線バスとして転用される予定だったEV(電気自動車)バス150台が、安全性への懸念から運行の目処が立たない「塩漬け」状態になっていることが報じられました。私たちが日常的に利用するかもしれない公共交通の裏側で、新しい技術の導入はどのような課題に直面しているのでしょうか。
2. 見過ごされた「安全」という土台
この問題は、単に特定のバス車両の不具合にとどまりません。これは、日本の公共交通が脱炭素化に向けてEVバスのような新しい技術を導入する際に直面する、より根深い構造的な課題を浮き彫りにしています。具体的には、バッテリーの安全性、国内外での安全認証基準の違い、そして実際の運行環境を想定した評価プロセスの不備といった問題です。日本バス協会が2030年までに業界内でEVバスを累計1万台導入する目標を掲げる中[6]、安全性という土台が揺らげば、計画全体が頓挫しかねません。
3. EVバスの心臓部:バッテリー技術と安全性
EVバスの性能と安全性を左右するのが、リチウムイオンバッテリーとその管理システムです。
バッテリーマネジメントシステム(BMS)の重要性
BMSは、多数のバッテリーセルの一つひとつの電圧や温度を常に監視し、過充電や過放電、異常な温度上昇を防ぐ役割を担います[9]。これにより、バッテリーの性能を最大限に引き出し、寿命を延ばすとともに、「熱暴走」と呼ばれる発火・爆発事故を未然に防ぎます。高性能なBMSは、いわばEVの安全を守る司令塔なのです。
国内外の安全基準と認証の壁
自動車の安全性は、国や地域が定める認証基準によって担保されます。しかし、この基準は世界で統一されているわけではありません。海外で認証を受けた車両が、そのまま日本の道路環境や法規、そして利用者の求める安全レベルに適合するとは限らないのです。特に、日本の夏場の高温多湿や冬場の低温といった厳しい気候条件は、バッテリーの性能や寿命に大きく影響します[4][8]。ある地方交通事業者の車両担当者は、「環境性能をアピールするため海外製の安価なEVバスを導入したが、日本の気候下での性能低下が想定以上だった。BMSのデータを見ても詳細な分析が難しく、メーカーのサポートも十分とは言えない」と、現場の苦労を語ります。このような状況は、第三者機関による客観的で国際的にも通用する評価手法の確立が急務であることを示しています[3]。
4. EV先進国との歴然とした差
海外ではEVバスの導入が急速に進んでいます。例えば、オランダのアムステルダム・スキポール国際空港では、2018年の時点ですでに100台の電気バスが導入されていました[1]。これに対し、日本の導入計画は緒に就いたばかりであり、その足元で安全性という根本的な課題が露呈しています。事実、バッテリー関連の火災は日本国内で増加傾向にあり、決して軽視できない問題となっています。
消防庁の報告によると、令和5年中に発生した製品火災182件のうち、実に62件がバッテリー関連製品に起因するものでした[2]。これは、EVシフトが進む中で、社会全体としてバッテリーの安全性に改めて向き合う必要性を示唆しています。
5. 技術の限界と規制の課題
EV技術は万能ではありません。特にリチウムイオンバッテリーには、運用方法によって安全性リスクが高まるという技術的な限界が存在します。
交通安全環境研究所の試験では、特定の充電範囲(SOC100~35%)で急速充電を繰り返すと、バッテリーの健全性(SOH)が大きく低下し、熱暴走のリスクが上昇することが確認されています[4]。また、低温環境下での充電は、負極表面に金属リチウムが析出する原因となり、これが内部短絡を引き起こして発火に至るリスクを高めることも指摘されています[8]。
こうした技術的限界を踏まえずに、海外の基準をそのまま適用したり、価格だけで車両を選定したりすることは極めて危険です。国土交通省もEV等のバッテリーの安全性確保を重要課題と認識しており[7]、日本の実情に合った安全基準の策定と、それを検証する仕組み作りが求められています。
6. 私たちが今日からできること
この問題は、私たちに具体的な行動を促しています。
自治体・交通事業者の方へ:
EVバスの導入を検討する際は、車両価格や航続距離といったカタログスペックだけでなく、搭載されているBMSの仕様や、第三者認証機関(例: Bureau Veritas, TÜV Rheinlandなど)による安全性評価レポートの提出をメーカーに求めてください。また、運行データとバッテリー状態をリアルタイムで監視・分析できる運行管理システム(VMS)の導入は、安全確保と効率的な運用のために不可欠です。
EV関連技術者の方へ:
日本の多様な気候や急な勾配といった道路環境に特化した、より高度な熱管理技術やBMSの制御アルゴリズムの開発が期待されます。現場の運行データを活用し、バッテリーの劣化予測精度を高める研究も重要です。
7. 安全なき技術革新は、ただの鉄の箱に過ぎない
150台のEVバスが問いかけるのは、技術導入を急ぐあまり、最も重要な「安全」という土台を見失ってはいないかという、私たち自身への警鐘です。
参考文献
- 国土交通省「電動バス導入ガイドライン」
- 消防庁「リチウムイオン蓄電池からの火災に対する注意喚起」
- 交通安全環境研究所「第3期中期目標期間 業務実績等報告書」
- 交通安全環境研究所「令和5年度フォーラム講演概要」
- 東京大学公共政策大学院「地球温暖化問題に対する自動車産業の『総力戦』について」
- 総務省「大型EV用ワイヤレス電力伝送システム実装に向けた調査報告書」
- 国土交通省自動車局「令和4年度 自動車局関係予算概要」
- ナブテスコ「リチウムイオン電池の仕組みと発火対策」
- Panasonic Industry「電気自動車(EV)におけるBMSとは?」
- 朝日新聞「3割不具合の中国製EVバス、国交省が販売元に立ち入り検査」
- 国際博覧会推進本部「2025 年大阪・関西万博アクションプラン Ver.3」
- 読売新聞オンライン「万博閉幕後に転用予定だったEVバス150台、安全性に疑義『塩漬け』に」
※この記事は2026年01月21日時点の情報に基づいて作成されています。


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